【埼玉県越谷市の古民家複合施設「はかり屋」】“伝統×クリエイティブ=次世代に伝えたい和の世界” 越谷の古民家で活動するクリエイターの想い
灯台下暗しというように、わたしたちは身近にあるものほど、その魅力に気づけていないのではないだろうか。見過ごされがちな「いいもの」をすくいあげて国内外に発信しているのが、今回取材した「TSURUTO(つると)」だ。
明治38年に建てられた古民家を活用した複合ショップ「はかり屋」で「ギャラリーショップつると」を運営し、オリジナル製品を販売している。2018年11月18日には「第1回 越谷だるま芸術祭」を開催。艶やかな和柄や漆塗り、歌舞伎役者の隈取りなど、モダンな印象のだるまが店内に並べられた。
今回は、TSURUTOのプロデューサー大方知子さん、クリエイティブディレクターの宇波滉基さんのおふたりに、「TSURUTO」の活動や目指す先について話を伺った。
今回ご紹介する「KOSHIGAYA ZINE」
大方知子(おおかた ともこ)
東京出身、埼玉育ち。「TSURUTO」のプロデューサー。エコや社会貢献に関心をもつグラフィックデザイナーでもある。
宇波滉基(うなみ こうき)
青森出身、埼玉在住。学生起業家。チーム「TSURUTO」として、 映像ディレクション 、撮影、プランニング、ライティング等、プロデュース全般を行なっている。
聞き手 卯岡若菜(うおか わかな)
さいたま在住フリーライター。取材・インタビュー記事を執筆。子ども時代から県をまたぐ引っ越しを数回経験している。自分のなかに地元感覚があまりないからこそ、地元を愛する人たちの想いに触れることを好む。
「日本の文化を語れない自分」に気づいた経験が「つると」の原点
――着物生地を使った洋服や財布など、さまざまな商品がありますね。今着てくださっている洋服もとても素敵です。
大方さん:ありがとうございます。
――棚には目を惹くデザインのだるまが並んでいるのが気になるのですが、「つると」さんはどういった事業を行われているのでしょうか。
大方さん:わたしたちは、「和」のよさを今の時代に寄り添う形にデザインし、日本を世界に発信する活動を行っています。
今わたしと宇波くんが着ている服も、アートを施した「越谷だるまアート」も、わたし自身が魅力を感じている存在。広く知ってもらうため、ギャラリーの運営をはじめ、映像による発信などを行っています。
「つると」は、日本の象徴である「鶴」が「渡る」が由来です。
次世代に日本の和がもつ美しさを渡したい。そうした思いで活動しています。
日本と世界を紡ぐ和のあたらしい姿
かつて先人達の和の叡智は、自然の理の基にあり、
その叡智は、暮らしをシンプルにしていきました。
さらに、この国の文化が、他の文化と和していくことで、
より洗練された、独自のものへと歩みを進めました。
“命の営みに寄り添う、コトとモノ”をテーマに
日本各地の選りすぐりの品々を独自の視点でセレクト
様々な作り手の方々と組み、新たなモノの創造
自然の循環の中にある、現代人の感性にうったえる服づくり
など、この国で培われてきた美学を現代の感性と融合させ、
古きと新しきが交差し日常生活に彩りを添える様な時間と空間を探究しています。
わたしたちTSURUTO(つると)は、日本の和の美学を紐解き、
自由で新しいクリエイティブな和の世界観を発信していきます。
TURUTOさんのコンセプト
HPより引用
――昔から日本の文化や伝統に興味があったのでしょうか。
大方さん:いいえ。むしろ、「全然知らなかった」ことが「つると」のきっかけなんです。
学生時代、環境活動をしたい、社会貢献をしたいという想いを抱いて参加した海外ボランティアで、海外の若者たちと自分との違いにカルチャーショックを受けたんですね。
海外、特にヨーロッパの人たちは、自国の文化に強い誇りを抱いています。
若者であっても語れるだけの知識を持っているんです。彼らに対して、わたしは日本文化について全然深い知識を持ち合わせていませんでした。
海外での経験が、日本人としてのアイデンティティを考えさせられるきっかけになったんです。
――そこから、今の活動につながった?
大方さん:20代半ば頃、「つると」を始める前は、ソーシャルビジネスをコンセプトに古着をリメイクした小物作り事業を都内で行なっていました。
その際に、仕入先であったリサイクル業者さんから、高価な着物がたくさん処分されている現状を聴き、何かできないかと考えるようになりました。
それが「つると」をはじめるきっかけにも繋がります。
「越谷は根を生やす余地がある場所」熱烈なアプローチを受け、越谷を拠点に
――もともと都内で小物づくりを行っていたとのことですが、なぜ越谷に拠点を構えることになったのでしょうか。
大方さん:きっかけ自体は偶然…縁があったんだなという感じでしょうか。
現在、「ツルとニゲラ」プロジェクトで、 着物をリメイクした服を作ってくださっている NIGELLAさん経由で、ここ「はかり屋」を知ったんです。
その流れで、はかり屋をプロデュース している安田さんと知り合いました。
安田さんは北越谷のフレンチシェフとして有名なんですがシェフらしからぬ、熱い活動を地元活性のために行なっている人なんですよ。
安田さんに「ふだんは何をされているんですか」と尋ねられたので、「実は『つると』という活動 をしていまして」と話したら、「まさに僕がずっと探していた人です!」と急に。目の色が変わって(笑)。
まるで突然告白されたみたいに、「はかり屋に日本の文化や商品を販売するお店を入れたかったんです」とお話しいただきました。
――確かに、「つると」さんは安田さんの抱いていたイメージにぴったりですね。
大方さん:でも、1度はお断りしたんです。
――え、そうなんですか?
大方さん:わたしも、「歴史ある古民家のようなところでお店がやれたらいいなあ」とは思っていて、「はかり屋」さんはそのイメージにぴったりでした。
ただ、日本文化を海外へ発信していきたいという思いから、当初は外国人にも人気の浅草や蔵前など、都内にお店を構えようかなと考えていたんですね。
わたしは都内出身、三郷育ちの人間で、越谷に友人も多いのですが、世界的にみて越谷は決してメジャーな土地とは言えませんよね。
なので「本当に越谷でこのプロジェクトを始める必要はあるのか」という葛藤もあったんです。
ただ、越谷には歴史があり、文化があり、地域を盛り上げようとしている人たちがいます。
安田さんをはじめ、はかり屋代表の畔上さんお二人からの熱心にお誘いいただくうちにだんだんと、「この場所でやる」ことに意義があると思うようになりました。
そうして、地元の人たちと共に、世界に日本の文化や精神性を発信していきたい、と最終的に越谷を拠点に活動を開始することに決めたんです。
――浅草や蔵前と越谷とでは、どういったところに違いがあると思われますか?
大方さん:越谷だからこそ作れた形があるかなと思っています。都内ではこれだけ地元に根差した活動は難しかったのではないでしょうか。
特に浅草では、昔から事業を続けている方たちのつながりが強く、そこに割って入っていくのは厳しかったでしょう。
「すでにできあがっているところに入っていく」のと、「これから作っていける余地がある」違いがあると感じています。
「日本にこだわっているようでこだわっていない」伝えたいのは含まれている精神性
――晴れて「はかり屋」を拠点に活動を始めた「つると」さんですが、宇波さんはどういった経緯で「つると」の事業に携わるようになったのでしょうか。
大方さん:偶然なんだよね(笑)
宇波さん:偶然ですね(笑)
僕はオセアニアに留学をしていたんですが、私が見たオセアニアはものの質がよくないんです。
タッパーからは液体が漏れてしまいますし、包丁は研ぐものがなく、ホルダーに10本以上刺さっているのに使えるのが1、2本なんていう状態がふつう。
「研いで使えばいい」という文化がないんですよね。こうした状態に鬱憤を抱えていました。
そんななかで、「包丁って日本のものが有名だよな」と思い、調べたらYouTubeに包丁の動画がありまして。
動画を見ながら、「いいものを発信することで、心地よさを知ってもらえたらいいな」と思ったんですね。
もともとライフスタイルに興味があったこともあり、「よし、帰国したら映像で発信しよう」と心に決めていたのが2018年1月頃の話です。
大方さんと知り合ったのは、帰国後に参加したビジネスセミナーです。セミナー中に話すことはなかったんですが、終わったあとの帰り道、たまたま振り返ったら大方さんがいて。
大方さん:わたしはそのセミナーでコーヒーを淹れることになっていた夫の様子を見てみたいという軽い気持ちで参加しただけだったんです。
夫は打ち上げに行くからということで、参加者の子と話しながら帰るところでした。で、宇波くんとお友達とわたしの4人で「せっかくだからもう少し話そう」ということになったんですよね。
宇波さん:そこで大方さんがやっている事業の話を聴いて、「いいなあ」と。
さらに、僕は草加に下宿していて、大方さんの事業は越谷だっていうじゃないですか。
出会ったのは代官山なのに(笑)すごく盛り上がってしまって、「お金はいいので、ぜひ携わらせてください」と僕からお願いしました。
――どのようなところに共感したのですか?
宇波さん:「つると」では、着物やだるまといった日本のものを扱っているんですが、大方さんは「日本」にこだわっているわけではないんですよね。そこに共感しました。
たとえば、だるまの場合、元を辿ると行きつくのは、インドのお坊さん「達磨法師」なんです。
日本に伝わってきて、だるまとして愛される存在になっただけで、日本だけで生み出されたものではないんですね。
僕はひとつのものが一ヵ所だけで生まれ育つことはなく、つながっている世界の中で育まれていくと思っています。
大方さんのいい意味で日本にこだわらない姿勢に、つながりを大切にする精神を感じ、強く共感しました。
大方さん:わたしは、別に日本文化をそのままプッシュしたいわけではないんです。たとえば、「着物を着ましょう」という方向性ではありません。
わたしが「つると」で広めたいのは、着物やだるまそのものではなく、そこに含まれている日本文化の精神、エッセンスなんです。たとえば、和装文化の時代、着物は新品から捨てられるまで、余すことなく使われるものでした。
仕立て直して、最後にはおむつにして。こうしたスタイルは、日本の「ものを大切にする」精神が基になっているんですよね。わたしが伝えたいのは、この精神の方なんです。
ただ、精神としてのよさを伝えるときには、見た目も大切だと思っています。わたしはファッションに大きく影響を受けてきた人間なんですが、今の日本はファストファッションが多くて、「消費」の側面が強いですよね。
わたしは、みんなが美しいなと思うものを買うことで、社会がよりよくなればいいなと思っています。そういった服を身にまとうことで社会がよくなったら素敵だなと。
そして、買い手としてだけではなく、提供側に立ちたいと思っているんです。
……宇波くん、何笑っているの?(笑)
宇波さん:いいこと言うなーと思って(笑)
大方さん:(笑)宇波くんとは偶然の出会いだったわけですが、本当にこういう想いをよくわかってくれるんですよね。
わたしは人の話に耳を傾けすぎてしまってブレそうになることがあるんですが、宇波くんはブレない。励みになっていますし、ブレないで進めるなとも思っています。何でも話して相談するもんね。
宇波さん:見据える先は同じですが、タイプは違うのがいいんでしょうね。僕までブレたら一緒に迷っちゃいますから(笑)
大方さん:宇波くんはものすごくはっきりしているもんね。嫌いなことはやらない。
宇波さん:店番はしない。やりましょうかと言ったこともない(笑)
大方さん:わたしもわかっているから頼まない(笑)でも、互いに目指すところがわかっていて、指示をしなくても自発的に動いてくれるので、本当に助かっているんですよ。
「越谷だるまアートプロジェクト」で、モダンなだるまを世界に発信する
――ここで、あらためて棚に並んでいるだるまたちについてお話を伺いたいと思います。「越谷だるまアートプロジェクト」として活動していらっしゃいますが、このプロジェクトはそういった経緯で始まったものなのでしょうか。
大方さん:越谷って、だるまの産地なんですよ。「越谷だるま」といって、300年ほどの歴史があるんですね。その越谷だるまをアートで彩る活動を7年ほど前からされているハナブサデザインの花房さんとの出会いがきっかけです。
「KOSHIGAYA DARUMA ART」は、「つると」と同じ「伝統×アー ト×地域活性」がコンセプト。越谷から発信するシンボルとして、越谷だるまに強く惹かれたんです。
――「つると」ではこの越谷アートだるまが購入できるんですね。
大方さん:はい。昨年の11月18日には、初のイベント「第1回 越谷だるま芸術祭」も開催しました。大勢の方が来てくださって、大盛況でした。思ったより若い層が多くて、30~40代のファミリー 層が特に多かったですね。店内に入りきらないほどの方々にいらしていただきました。
印象的だったのは、男子学生の方が「はかり屋の存在を知って、初めて地元に誇りが持てました」という言葉です。ああ、嬉しいなあと思いましたね。
クリエイティブが集う街に。「だるまアートといえば越谷」を目指したい
――地元とのつながりを大切にしながら、外に向けて発信している「つると」ですが、今後はどのように活動されていきますか?
大方さん:「だるまアートといえば越谷」といわれるようにしたいですね。 もっと周知させていきたいです。
今回、ポラスさんが協力してくださってポスターも作ってくださったんですが、これはとても素晴らしい取り組みだと感じています。
企業と地域の取り組みの連携から生まれるものってあると思うんですね。
それぞれの得意分野で補い合い、長い目線で地域の文化を一緒に育み根付かせていく、そんな取り組みをしてくれる企業が今後も増えたらいいなと思っています。
近い予定としては、今年3月の「雛めぐり」というイベントであたらしい企画展示を行います。そのために、今、有名美大卒などの若手アーティストが結集したクリエイティブチームと一緒に準備を進めているんです。
彼女たちも「アートで越谷を活性化したい」という想いを抱いて活動しているんですが、メンバーは越谷出身・在住者だけじゃないんです よ。彼女たちは2月にもイベントを行います。内容は越谷のネギをテーマにしたアートです(笑)
――ネギアート。想像できないですね(笑)
宇波さん:今、若い子たちにとってアートのために必要なのが、「何もない場所」なんじゃないかと思います。
表現できる余地があるところといいますか。「つると」が都内ではなく越谷を拠点にしたのと似た理由かもしれません。人と交われて、提供してもらえる場所もあって。
大方さん:今も蔵をアトリエとして借りて、制作作業を行っているんです。「はかり屋」がある旧日光街道が、クリエイティブなことをしたい人が集まってくるエリアになったら楽しいなと思っています。
宇波さん:ただ、観光地にはしたくないですね。
大方さん:そうだね。観光地を目指すのではなく、越谷のオリジナリティを地元住民の方たちと作り上げながら、おもしろいエリアにしていけたらいいですね。
越谷は後継者問題が深刻でもあるのですが、地域の変化のなかで若い子たちが訪れるようになれば、何かいいきっかけになるかもしれないなとも思っています。
世界にアピールしていくうえでも、だるまはシンボルとしてのインパクト、ストーリーともにぴったりの存在だと思っています。
ゆくゆくは夢は大きく、草間彌生さんみたいなビッグなアーティストの方に描いてもらえたらいいなあ。いろんなアーティストの手によるだるまアート、見てみたいですね。
――イベントが実現したら、ぜひ取材させていただきたいです。今日はありがとうございました!
▽今回お話しを伺った場所
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